彼理來航以前の形勢刊行に就て
今茲《いまこゝ》に孝明天皇期《かうめいてんわうき》、第《だい》一|卷《くわん》、即《すなは》ち近世日本國民史《きんせいにほんこくみんし》第《だい》一|期《き》、織田豐臣時代《おだ...
続きを読む第壹章 中外形勢の一變
[#5字下げ][#中見出し]【一】孝明天皇時代に於ける孝明天皇[#中見出し終わり]昭和《せうわ》二|年《ねん》三|月《ぐわつ》二十三|日《にち》、大森山王草堂《おほもりさんわうさ...
続きを読む第二章 孝明天皇の御學問
[#5字下げ][#中見出し]【五】學習院の建立[#中見出し終わり]京都《きやうと》に學校《がくかう》を設《まを》け、公家《くげ》の教養《けうやう》に資《し》せんとしたることは、遠...
続きを読む第三章 江戸近海防備の諸意見
[#5字下げ][#中見出し]【九】幕府當局の外憂に對する態度[#中見出し終わり]朝廷《てうてい》が外事《ぐわいじ》に就《つい》て、憂慮《いうりよ》あらせられたる程《ほど》なれば、...
続きを読む第四章 江戸近海防備論の先覺者
[#5字下げ][#中見出し]【一九】下田の巡視及び防備[#中見出し終わり]石川《いしかは》、筒井等《つゝゐら》は、亦《ま》た伊豆下田《いづしもだ》をも、命《めい》によりて巡視《じ...
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