将来の日本
徳富蘇峰

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)余《よ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)忠厚|真摯《しんし》

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(例)[#地から1字上げ]東京において  著者記
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 余《よ》をして人情の重んずべきを知らしめ、己《おの》れを愛し、人を愛し、国を愛することを知らしめ、真理の線路を走り、正を踏んでおそれざることを知らしめたるは、みななんじの教育にこれよるなり。余がこの冊子を著述したるはまったくなんじの教育したるところのものを発揮したるなり。しかして、余が著述を世に公《おおやけ》にするは、これをもって始めとなす。余はいささかこれをもってなんじの老境を慰《い》し、なんじの笑顔を開くの着歩なりと信ず。ゆえに余は謹んでこの冊子を余が愛しかつ敬する双親《そうしん》の膝下《しっか》に献ず。

緒言

緒言 将来の日本なる問題は、ついに余を駆りてこの冊子を著述せしめたり。余は高尚深奥なる哲学者としてこの問題を論ぜず。また活溌雄飛の政治家としてこれを説かず。余はただ忠厚|...

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第一回 洪水の後には洪水あり(緒論)

 朕《ちん》が後には洪水あらんとは、これルイ十五世が死になんなんとして仏国の将来を予言したるの哀辞なり。今や洪水の時代はすでにわが邦に来たり、吾人《ごじん》また波瀾層々のうちに立...

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第二回 一国の生活(総論)

 人間はただ生活せんがためにのみこの世に出で来たりたるものにはあらざるべし。しかれども、もし最初の目的はいかんと問わば我も人も三尺の童子もみな異口同音に生活せんがためなりと答うる...

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第三回 腕力世界 一(第一 外部社会四囲の境遇。表面より論ず)

 第十九世紀の時代においては、四海万国みなわが隣国なることを記憶せざるべからず。しかしてこの隣国の大勢は、実にわが将来の命運を作為する一の要素なることを記憶せざるべからず。しから...

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第四回 腕力世界 二(同上)

 もし歴史的の眼孔をもってこれを観察せばアジア、ヨーロッパの二大陸は実に密着の関係を有するものといわざるべからず。試みに見よ。東亜の山脈は波濤《はとう》のごとく日本海よりビスケイ...

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第五回 平和世界 一(第一 外部社会四囲の境遇。裏面より論ず)

 ああ天下の乱れ、それいずれの日かやまん。吾人は欧州現今の形勢を視《み》て実に浩歎《こうたん》に堪えざるなり。しかれどもかの欧州諸国はいかにしてかくのごとく莫大《ばくだい》なる兵...

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第六回 平和世界 二(同上)

 富は実に第十九世紀の一大運動力なり。すでに兵のよく政治世界を支配するの勢力たることを知らば、富のまたよく経済世界を支配するの勢力たることを知らざるべからず。政治世界の経済世界よ...

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第七回 平和世界 三(同上)

 しかりしこうしてかの富と兵とは決して同一の主義にあらず。戦争を支配するの主義はもって商業を支配するの主義にあらず。たとい二個の山嶽は相会することあるも併行の二線は相合することあ...

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第八回 平民主義の運動 一(第二 社会自然の大勢より論ず)

 天地は万物の逆旅《げきりょ》にして光陰は百代の過客なり。しかしてこの光陰の大潮流とともに世界の表面に発出する人事の現象はおのずから運転変動せざるべからざるものあり。しかしてその...

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第九回 平民主義の運動 二(同上)

 そもそもこの平民主義の運動のもっとも著明なるは政治世界にあり。けだし平民主義の政治世界に侵入するあたかも狂瀾怒濤《きょうらんどとう》の海面を捲《ま》いて奔《はし》るがごとく、貴...

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第十回 平民主義の運動 三(同上)

 しかりといえども過去はすでに過去なり。あに久しきを保たんか。今日において武備の機関と貴族的の現象とはすでにその宇宙に生出したるゆえんの目的をば達したり。渠輩《きょはい》の事業は...

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第十一回 天然の商業国(第三 わが邦特別の境遇より論ず)

 全体の境遇はもって一部の境遇を支配せざるべからず。全面の大勢はもって一局の大勢を支配せざるべからず。しからばすなわちわが日本特別の境遇と大勢とはまたいずくんぞ世界一般の境遇と大...

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第十二回 過去の日本 一(第四 わが邦現今の形勢より論ず)

 わが邦の少年学生はその講堂において教師よりスパルタの話を聞き、その一種、奇妙奇怪なる国風なるを見てあいともに驚嘆、舌を捲けども、知らずや吾人が父祖の日本はスパルタのごとくまたス...

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第十三回 過去の日本 二(同上)

 わが徳川時代のごとき武備機関の膨脹したる邦においては、いかに平和なるも、いかにその人口を増殖するも、いかにその物産は興隆し、いかにその農工商の生産者は勤労するも、決してその全国...

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第十四回 現今の日本 一(同上)

 現在の日本に立って現在の日本を談ぜんと欲するは、これなお馬に対してその馬なるを説き、山に向かってその山なるを弁ずるがごとく、ほとんど無用の議論なるがごとしといえどもなお一言せざ...

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第十五回 現今の日本 二(同上)

 いかなる時代においても現在なるものは必ず過去の分子と未来の分子と相衝突し、相格闘するの戦場といわざるべからず。この理はたして真ならばわが日本の現今においてもっとも真なりとせざる...

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第十六回 将来の日本(結論)

 ああ吾人がわが将来の日本を論ぜんとするはあにまたやむをえんや。吾人は実に現今のわが社会のありさまを観察してこれを論ずるのやむべからざるを感ずるなり。それ日本の将来はいかん。いか...

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底本:「日本の名著 40」中央公論社
   1971(昭和46)年8月10日初版発行
   1982(昭和57)年2月25日3版発行
底本の親本:「将来の日本」経済雑誌社
   1886(明治19)年初版
入力:田部井荘舟
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